
本日も公務おつかれさま!
辞めたい公務員だった、ねここです。
全5回で、公務員から上場企業へ転職した私の体験談を綴っています。
4回目の今回は…
上場企業に内定!でも「うれしい」だけじゃなかった
「これでやっと終わった…!」
「気力も体力も削られる面接から解放される!」
「カビが生えたような淀んだ公務員生活ともお別れだ!」
内定が決まったときの率直な気持ち。
けれど、その安心感・高揚感は長くは続かなかった。
あれ?うれしいはずなのに、不安が沸いてくる…
30代後半、公務員から民間企業へ。
しかも、知名度のある上場企業。
一見すると、転職大成功!に見えるかと思う。
でも私は、内定が決まってから、ずっとこんなことを考えていた。
- 私で本当に大丈夫なのかな?
- 過大評価されてないかな?
- 周りはもっとスキルのある人ばかりなんじゃ…?
- 民間のスピードについていけるのかな…
浮かんでくるのは、「喜び」よりも「怖さ」だった。
周囲の反応も不安を後押し…
内定が決まってからようやく、親に、転職することを伝えた。
案の定、母親は半泣き。
父親からは、お前はいつまで根無し草なんだ、と𠮟責された。
根無し草ってなんぞや。
仮にも上場企業やぞ。
でも、いくら上場企業に内定したと言っても、
やはり親の世代は安定感を重視するもんなんだろう。
自営業で不安定な働き方をしていた時期が長かった私が公務員となり、
ようやく安定したことが、親としてはなによりもうれしかったのだろう。
それを、たった3年で抜け出すのだから、
がっかりする気持ちも、理解はできるけど。
余談だが、
散々、税金で飯を食ってるくせに、
とご意見してくださるプロ市民様方も、
ご自身のご子息は、安定した公務員になってほしい、と願っているのであろうと思うと、
なんだか片腹痛い。
パートナーからは、
おめでとう!
との言葉をもらったけれど、
やはり彼も、
安定していたのにもったいない、
と思っているんだろうな、というのが、態度や言葉の節々から見えてきて、
}自分の選択が間違っていたのでは、と不安が増大したのだった。
公務員でいることが、こんなに周囲の人を安心させていたんだ、
私はその期待を裏切っちゃったんだな、という罪悪感にも似た気持ち。
自分に務まるのかな、という不安な気持ち。
内定後は、このネガティブな感情が何度も押し寄せてきて、
心理的ジェットコースターに乗っているかのような期間を過ごした。
転職が決まって感じたことは、
転職が成功することは、ゴールではなく、 スタートラインの再設定に過ぎないんだってこと。
それでも、踏み出せた理由
こんなことを書いて、皆さんの気持ちも不安にさせてしまったかもしれない。
もちろん、不安な気持ちはとても大きかった。
だけど、私は「後悔したくない」という気持ちが強かった。
自分の人生の主役は自分だけ。
なにをするか、
どう生きるか、
選ぶことができるのは、自分だけ。
不安はあったけど、結局はこう思ったんだ。
やってみてダメなら、また考えればいい。
でも、やらずに “もしもあの時…” を引きずるのはイヤだ。
だから、不安を抱えたままでも、前に進むしかなかった。
転職活動の終わりは、スタートラインの始まり
上場企業に転職した。
でも、そこで終わりじゃない。
むしろ、そこからが勝負だった。
ビジネスのスピード感についていけるか?
公務員時代は、丁寧さや手続きの正確さが全て。
転職後の今の職場では、
公務員時代と同じように、申請書類や企画書を作りこんでいたら、
先輩が先に仕上げていてくれた、なんてことも度々あった。
そのスピード感は、今でもついていくのが苦しい時も。
会議で発言する文化に怖気づいた。
公務員の会議って、決まったことの確認がメインで、
発言する内容も、事前に上司と打ち合わせておくのが定石。
だけど民間企業では、新人でも意見を言うのが当たり前。むしろ、新人ならではの観点での意見も求められる。
私、とんちんかんな発言してないかな?
こんなこと言っていいのかな?
最初は、気にしすぎてなにも発言できなかった。
空気のような存在だった会議もあった。
自分の存在意義を示せないことに、焦りばかりが募った。
ツールの使い方さえも、ギャップが。
Slack、Micrsoft Teams、Google Workspace…。
公務員時代は、まったく使っていないツールの使い方も、慌てて習得。
Enterキーで改行のつもりが、送信してしまう、みたいな凡ミスも繰り返した。
転職活動が終わったから、人生イージーモード!なんてことはなく、
入社してからが本当に大変だった。
これからこの場所で、新たにキャリアを築いていかなくてはならない。
スタートラインに再び立った私にとって、
毎日が挑戦の日々だった。
第5回へ続く